九州あご文化推進委員会

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あご便り 7号

五島列島北部・新上五島町に脈々と息づくあごだしの食文化。今回は名物旅館の女将がふるまう滋味深い郷土料理をご紹介します。

あごだしがつなぐ家庭の味とおもてなしの心

あごの好漁場・有川湾に面した新上五島町。かつては、北風が吹くと軒先に七輪が並び、だし用のあごを焼く香りが家々から立ち上る風景が秋の風物詩だった。
そんな慣習も失われつつある今、次の世代に残したいふるさとの味とは。

取材協力:上五島 郷土料理の宿 前田旅館
[長崎県南松浦郡新上五島町青方郷1364]

新上五島町では昔から“五島うどんにはあごだし”が常識。「うどんが先か、あごが先か、当たり前すぎてもうわからないわね」と笑うのは、地元で80余年愛される「前田旅館」女将の道津和子さんだ。旬の食材を使った郷土料理が自慢の宿で、五島うどんも料理に合わせて銘柄を変え、食べ比べできるように数種提供することも。中でも女将のお気に入りは「あみめん工房」で作られる冬季限定の半生麺。通常の乾麺のように強力粉は使わずにコシを出すため、弾けるようなもっちり感がある。

魚の煮汁をうどんのつけ汁にするのも、この地域ならではの楽しみ方。甘辛い味付けとあごだしの風味が、キュッと締めた細麺によく合う。「今日は暑いから、さっぱりするように梅煮にしてみたの」。女将の心づかいが、味わいにより深みを与える。

あごだしのお煮しめも、新上五島町を代表する郷土料理。春はつわぶき、夏は芋茎(ずいき)など、四季折々の具材の変化も楽しめる。お煮しめは別々の鍋で1品ずつ煮ることが多いが、この地域では椿油で炒めた具材を大鍋に重ね、たっぷりのあごだしでコトコトと煮含める。重ね煮にすることでだしと素材のうま味が全体に行き渡り、じんわりと優しい味わいになる。さらに地元名産の平干し大根を使うのも特徴だ。品物の流通が天候に左右された時代に島の保存食として生まれたもので、砂糖をほとんど使わなくていいほどに甘味が出る。

そんな平干し大根も今では作る家庭が減り、伝統的なお煮しめの文化も失われつつある。「前田旅館」では秋になると隣近所も総出で1年分のだし用のあごを焼いていたが、コロナ禍でここ数年は見送っている。「あみめん工房」代表の網田伸二さんも長年焼きあご作りに親しんできた。「ガスじゃなくて炭火で焼かないと香りが出ないんだよね」「そうそう。あごの香りに誘われてみんなが集まって、おしゃべりの場になるのも楽しいのよね」と二人で目を細める。

素朴で美しい食文化を残したいと、女将は旅館経営の傍ら、島内外の人々が交流できる多目的スペースを運営し、地元食材を使った料理教室も開いている。料理は母や叔母から学んだが、作り方を細かく教わったわけではない。だしのとり方も、一緒に台所に立って自然に身につけたものだ。「昔から“さじ加減”って言うでしょう?ぴったり計量するものではなく、微妙な塩梅がその家庭の味になるのよね」。レシピを教えるのではなく、一緒に作ることで手ほどきをする。ともに時間を過ごすことで、昔ながらの知恵やおもてなしの心を共有する。いつか若い世代にも、自分だけの“さじ加減”を見つけてもらえれば。そんな思いを胸に、女将は今日も焼きあごでだしをとる。

女将お気に入りの半生麺。11〜2月の販売で、その他商品も含めFAXやInstagramのDMでお取り寄せ可能。
Instagram:@amimen_k.b
「メル・カピィあおかた直売所」内に不定期で出店される「あみめん工房」のうどん茶屋。