九州あご文化推進委員会

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あご便り 10号

新上五島町で生まれた五島うどんはあごだしとともに発展してきました。個性の異なる二つの店を訪ね、この地ならではの食文化の広がりを探ります。

可能性は無限大。五島うどんが広げるあごだしの世界

五島うどんの礎を築いた名店と、独自の進化を遂げる気鋭店。
それぞれの物語から立ち上るあごだしの新たな風景とは。

長崎県の五島列島に位置する新上五島町。あごの好漁場として知られ、焼きあごでだしをとる食文化が脈々と息づいている。そんなあごだしと一緒に食べられてきたのが、この島で生まれた五島うどんだ。通常のうどんよりも細く丸い形状で、ツルッとした喉ごしのよさが魅力。厳選された小麦粉と水と海塩を練り上げて踏みならし、手延べで棒状から紐状にしていき、何度も熟成させて作られる。麺同士を付着させないように、生地を延ばす過程で島の名産・椿油を塗るのも特徴だ。

左:竹酔亭のあおさかき揚げうどん

島の定番家庭料理といえば、素朴で豪快な「地獄炊き」。グツグツたぎる鍋から麺をすくい上げ、薬味を入れたあごだしにつけるか、生卵に絡めていただく。この「地獄炊き」の名店として知られるのが、1976年創業の「ますだ製麺」が営む「竹酔亭」だ。1988年に開店し、家庭の中だけで食べられていた五島うどんの認知度を上げ、日本三大うどんの一つと言われるほどになった。立役者は「ミスター五島うどん」の愛称で親しまれ、五島手延うどん振興協議会の理事長も務めた故舛田安男さん。同業者は「今の五島うどんがあるのは舛田さんのおかげ」と口を揃える。「竹酔亭」の麺はほどよくコシがあり、ツルツルッと喉元を通っていく。焼きあごでとっただしは上品でコクがあり、作り置きはせずにその日煮出したものを提供。まさに五島うどんのお手本のような味わいだ。

対照的に、独自の創作性を発揮する店もある。1986年創業の製麺所「虎屋」が展開する「島diningとらや」だ。2024年にオープンして以来、地元産の焼きあごのだしをベースに、ピリ辛の豆乳スープや濃厚なつけだれでいただく五島うどんなど、革新的な料理を提供している。こちらの麺の特徴は「塩」。五島近海の海水から作る自然塩を生地に練り込むのだが、海水を汲み上げるのはミネラルがたっぷり含まれる大潮の日の満潮時のみ。チャンスは月に2回だ。採れる塩の量は少ないが、その風味は格別。麺そのものだけでなく、あごだしや具材の味まで引き立てる。

左:とらやの濃厚魚介豚骨つけ麺
右:とらやの豆乳担々うどん
とらやの店舗2階からは青い海が一望できる。

以前は30軒以上あった島の製麺所も、今では減りつつある。五島うどんの魅力を発信し、文化を継承していくため、昨年、新上五島町役場に「五島うどん課」が設立された。五島うどんは茹で時間によって食感が大きく変わるため、優しい風味のあごだしと掛け合わせることで多彩な味が表現できる。和・洋・中などのジャンルに縛られない柔軟さも強みだ。丹念な工程を踏むため限られた数しか生産できず、かつては「幻のうどん」と呼ばれていた五島うどん。今では確かな存在となり、あごだしと島の人々の想いをまといながら、豊かな食文化を紡いでいる。

取材協力:
竹酔亭[長崎県南松浦郡新上五島町七目郷56-1] /
島diningとらや[長崎県南松浦郡新上五島町似首787-18]