
あご便り 9号
2024年9月27日
屋久島の素材にこだわったソウルフード「つけ揚げ」や新名物「紅焼きあご」。地元ならではの味を訪ねてきました。

伝統と革新を組み合わせてかけがえのない食文化をつないでいく
長く愛される価値を守りながらも現代の食ニーズに応える。
屋久島の未来を見据えて奮闘する「丸喜商店(まるきしょうてん)」の思いに触れた。

1977年創業の水産加工会社「丸喜商店」は、トビウオ水揚げ量日本一を誇る安房港(あんぼうこう)のほど近くにある。二代目の喜勇二郎(き ゆうじろう)さんは、福岡の食品商社で企画やマーケティングに携わる中で、漁獲量の減少や後継者不足など、水産業が抱える課題に直面。加工業者として“もっとできることがあるのではないか”と考え、2012年に帰島して家業を継いだ。
看板商品の「つけ揚げ」は、魚のすり身に野菜と地酒を混ぜて揚げた鹿児島のソウルフード。他の地域では数種をブレンドするのに対し、屋久島では地元産のトビウオのみを使う。弾力のある独特の食感が特徴だ。通常は余分な脂肪を取り除く「水さらし」という工程があるが、脂肪の少ないトビウオは水にさらす必要がなく、魚本来のうまみを保つことができる。またニラを入れるのも屋久島の特徴で、集落によってはニラをふんだんに使った緑色の「つけ揚げ」もあるほど。「丸喜商店」では、トビウオのすり身に、ニラ、玉ねぎ、人参を混ぜ、火の通りがいいように平たい小判形にして揚げる。「これは親父の代から変わらない形。昔はすごく甘かったけど、時代に合わせて甘さは控えめにしています」と勇二郎さん。

「つけ揚げ」のような昔ながらの食文化を守る一方で、前職での経験を活かし、新たな商品の開発にも取り組んでいる。きっかけは、外国産のトビウオが使われた商品を〝屋久島土産〟として持ち帰る観光客の姿を目にしたこと。地元の素材を使い、手軽に持ち運べる常温の商品を作りたいと考えた勇二郎さんは、長崎の平戸や五島が名産の「焼きあご」に着目。しかし、だし用の「焼きあご」に使われるのは幼魚で、中型以上のトビウオ食が主流の屋久島では流通しない。そこで漁師たちに片っ端から話を聞いたところ、屋久島でも手の平サイズの成魚「ツマリトビウオ」が獲れることがわかった。
「ツマリトビウオ」は小さすぎて通常の漁網では網目から落ちてしまうため、地元漁船の協力のもと特別な網で漁獲。さらに平戸の水産加工会社を視察して製法を研究し、2年の歳月を経て、屋久島の新名物「紅焼きあご」が完成した。商品名の由来は、「ツマリトビウオ」のオスのヒレが赤みがかっていることから。成魚の「ツマリトビウオ」は小型だが、幼魚よりも内臓が多い。そのため一尾ずつ開いて丁寧に除去し、種子島産の良質な木炭でじっくり焼く。手間暇かけて作られる「紅焼きあご」のだしは上品で、雑味やクセが一切ない。

右:紅焼きあごに使われる「ツマリトビウオ」。
勇二郎さんが帰島した年には10組いたトビウオ漁師も、今では4組に。そのほとんどが50〜70代と、高齢化の進行も課題だ。「加工業者として漁師を支えることが、屋久島の価値を守ることにつながる」と語る勇二郎さんの挑戦は、これからも続いていく。
取材協力:
丸喜商店[鹿児島県屋久島町安房2437-97]